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広島高等裁判所 昭和28年(ネ)38号 判決 1956年10月25日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、山口県農業委員会が昭和二十四年二月 徳山市大字戸田字降神二八六一番地宅地四十九坪の買収計画に関し控訴人の訴願を棄却した裁決を取消す。訴訟費 一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記の点を除き何れも原判決事実摘示と のでここにこれを引用する。

控訴代理人の主張

一、本件宅地買収に重大な関係のある「売渡農地」は徳山市大字戸田第三〇六〇番地田一反六畝九歩で、その所有者は訴外足達保彦であつたが昭和二十二年十二月二日政府がこれを買収し、昭和二十三年十月一日これを田中利彦に対して売渡している。

二、本件宅地の買収申請も右農地と同様始めは田中利八がなしたが後名義を息子の田中利彦に変へ同人が買受人となつている。然るに自作農創設特別措置法)以下自創法と略称する(第十五条によれば宅地の買収申請をなしうる者は(1)買収農地につき自作農となるべき者(2)その者がその宅地に対し賃借権を有すること、右二つの要件がいるが田中利彦は(1)の要件は具へているが(2)の要件を欠き本件買収申請は違法である。又仮りに百歩を譲り田中利八が買収申請者であるとするも同人は(1)の要件を欠いているから同人のなした買収申請も違法である。従てこの違法の申請に基いて樹立された本件買収計画も違法である。而して本件宅地は結局昭和二十四年七月二日田中利彦に対し売渡されているが同人は本件宅地に対し賃借権その他何等の権利を有していないから同人に対する右宅地売渡も違法である。

被控訴代理人の主張

控訴人主張の農地がその主張の経緯で田中利彦に対し売渡されたこと、本件宅地が控訴人主張の日田中利彦に対し売渡された事実は認める。田中利彦は田中利八の子供で同居し生計を一にして従農しているものであるが、自創法が農地の経営主体を世帯単位として観念しているところからみると、附帯買収の目的とされている宅地につき賃借権を有する者がいわゆる解放農地につき自作農となるべきものである場合その者がたまたま家庭的の特殊事情から同居の子の名義で解放農地の売渡を受けているような場合に於てはその子は父の意思に反しない限り右宅地につき附帯買収の申請者となり得るものと解すべきである。従て田中利八が利彦名義で解放農地の売渡を受け、利彦が利八の意思により自己名義で本件宅地の買収を申請しその売渡を受けても何等違法でなく、本件処分とも何等違法は存しない。

(立証省略)

理由

徳山市大字戸田字降神二八六一番地宅地四十九坪が元来控訴人の所有であること、同市戸田地区農地委員会が昭和二十三年十月二十六日右宅地につき自創法第十五条に基き買収計画を定めたので控訴人は異議を申立てたが同地区委員会はこれを排斥し、控訴人は更に同年十一月二十三日山口県農業委員会に訴願したところ同委員会は昭和二十四年二月二十五日右訴願を棄却しその裁決書が同年六月十六日控訴人に交付されたこと、右宅地は訴外田中利八が控訴人から賃借していたものであるが前記裁決後自創法に基き昭和二十四年七月二日同訴外人の息子田中利彦に対し売渡されたこと、徳山市大字戸田第三〇六〇番地田一反六畝九歩も本件買収計画以前自創法に基いて昭和二十三年十月一日右田中利彦に売渡されたことは何れも当事者間に争がない。

一、控訴人は先ず本件宅地に対する買収計画は賃借権のない田中利彦の申請に基いて定められたものであるから違法であると主張するので考へてみるに、前示認定のように本件宅地は訴外田中利八が控訴人から賃借しているものであるが成立に争のない甲第二号証、第六号証、乙第二号証、原審証人田中利八の証言により成立の認められる乙第一、三号証に原審証人林祐一、田中利八、原審並当審証人田中常助、八木繁一、当審証人田中茂の各証言を綜合すれば田中利八はその先代の時から本件宅地を賃借しその地上に家屋を所有して農業経営に專念していたものであるが年令既に七十才に垂んとして居り、息子利彦が四十才に近く妻子と共に同居してむしろ主力となつて農耕に従事し家事も処理しているので近い将来利彦を自己の後継者たらしめんとしている関係上今次の農地改革に際し従来小作していた戸田第三〇六〇番地田一反六畝九歩も相談の上息子利彦が買受名義人となつてこれが売渡を受けたので、本件宅地も買収申請をする時始め利八名義でしたが途中で利彦の名義に変へて申請をなし、戸田地区農地委員会もこれを了承して前記買収計画を建てた事実が認められ右認定に反する部分の前示八木繁一の証言は信用し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。然らば自創法第十五条第一項第二号の「自作農となるべきもの」は田中利彦であつて同人は本件宅地につき賃借権は有していないが同一世帯に属する父利八がこれを有し、近い将来その後継者として農業経営の主体となり本件宅地をも管理する関係にあることが明かであるから、かかる場合には利八の息子である利彦も本件宅地の附帯買収申請権者中に含まれると解するのが相当である。従て右利彦の申請により本件宅地につき樹立した買収計画は適法である。

二、次に控訴人は本件宅地の買収申請従てその買収が相当でないと主張するので考へてみるに、原審第一、二回、当審の各検証の結果に原審証人田中利八の証言を綜合すれば本件宅地は国道に面する控訴人方住宅の裏側控訴人所有の畑地を隔てて存在する四十九坪であつてその地上に空地が殆んどない位田中利八の家屋が建つて居り右は利八の先代が控訴人先代から賃借した地上に建てたもので既に五、六十年の間利八一家が該家屋に居住して農業経営に專従し、自小作合わせて約八反の田畑を耕作して居り、他に右宅地と農道を隔ててすぐ隣に約四十二坪の宅地を所有しているがその大部分に農舎を建て残り僅かを畑として居り附近には約二反余の小作田を有する。今次農地改革で売渡を受けた農地は本件宅地より農道(幅三米の道路が途中で幅四米の通学道路となり更にバス道路に出て右農地に至る)を徒歩十一分約六丁の所に在り、元来そこで小作していた約五反の農地の中の一反六畝八歩につき売渡を受けたもので該農地を含む附近の農地は従来より農業経営の主力を注いでいた所であることが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。然らば該農地を含んだ全農地の経営にとつて同人等の生活の本拠である家屋が存在する本件宅地が必要であることは勿論これが所有権を取得することがその地位の安定に役立つことは謂うまでもない。此の点につき控訴人は本件宅地を保有することが控訴人所有の他の土地の管理経営に絶対必要である旨主張するがかかる事実を認めるに足る証拠なく、当審検証の結果竝に原審控訴人尋問の結果によるも該宅地は控訴人にとつて先々代以来の財産であり、その所有の家屋宅地の裏に続いた一角にあるからこれを手離すとこれに連なる家屋宅地の利用価値がいくらか減少し延いては全体の評価が下る虞のあることが窺われる程度で該宅地保有の必要性乏しく、前記認定の田中利彦側の必要性と比較し、前記買収を不相当ならしめる理由とならない。控訴人は前記売渡農地は本件宅地から遠距離で適当な農道を欠き耕作に甚だ不便であると謂うが前記認定のように徒歩十一分で必ずしも遠距離と云えないのみならず適当な農道もあつて附近には三反余の小作田も存在するから特に不便であるとは謂えない。而して前示のように本件宅地の隣に田中利八所有の宅地四十二坪があつてもその大部分は農舎で残り僅かが畑であるからこれが存在しても本件宅地が必要であること勿論である。又控訴人は売渡農地は僅に一反余に過ぎないと云うが、全耕地面積八反の内前記買受農地一反六畝九歩は全農地の経営のうちで占める比重が特に少いとは云えない。

本件宅地の面積が狭少で大部分が建物の敷地となつていることは控訴人主張の通りであるが、当審検証の結果に原審証人田中利八の証言を綜合すれば田中利八は空地がないため本件宅地の南に隣る控訴人所有宅地を賃借して籾干場等に利用していたもので今回その売渡を受けた事実が認められるから本件宅地が農家宅地として相当でないとは謂えない。

果して然らば控訴人主張のように本件買収計画を違法とする何等の事由がないから右買収計画を認容して控訴人の訴願を排斥した山口県農業委員会の裁決は正当である。従て右裁決の取消を求める控訴人の本訴請求は棄却を免れない。右と同趣旨にでた原判決はもとより相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のように判決した。(昭和三一年一〇月二五日広島高等裁判所第三部)

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